2023年11月21日
秋田大学大学院 国際資源学研究科
小田 潤一郎
国、自治体、企業が相次いでカーボンニュートラル宣言を行っている。エネルギー集約的、炭素集約的な産業の一つである鉄鋼業においても、主要鉄鋼企業が2050年のカーボンニュートラルに向けた宣言を行っている。
地球温暖化の進行は世界全体に、かつ2050年~2150年といった将来世代に影響を及ぼす。その意味で、地球温暖化の進行抑制、つまりCO2排出削減は「公共財」と同じ性質を持つ。通常、CO2排出削減のメリットは公共財ゆえに世界全体に広く薄く広まる。その一方、CO2排出削減の費用負担は当事者が一義的に負うことになる。
カーボンニュートラルに向けた行動(CO2排出削減行動)を促すためには、CO2排出削減の費用負担をいかに社会全体でカバーしていくかが鍵となる。CO2排出削減行動当事者にとって、経済合理的であり持続可能なフレームが必要である。国際共通炭素税の実現可能性がより遠のく中、鉄鋼企業にとって具体的ビジネスモデルとなりえるのが「グリーンスチール」である。
グリーンスチールは、鉄鋼需要家にとってスコープ3の排出量削減につながる商材である。鉄鋼生産段階における排出削減プロジェクトによって得られたCO2削減量を環境価値として(生産した全鉄鋼製品ではなく)一部の鉄鋼製品に第三者認証を経て割り当てる。
本コラムではグリーンスチールの背景や現時点での試みについて整理し、グリーンスチールの展望と課題を探る。
鉄鋼製品を作る方法は、鉄鉱石から作る一次生産と、鉄スクラップから作る二次生産に大別できる。鉄の生産に必要なエネルギー投入量を一次生産と二次生産で比べると、二次生産は一次生産の1/3ほどですむ。これは、一次生産で必要であった鉄鉱石(酸化鉄)の還元エネルギー投入が、二次生産では不要であるためである。
二次生産はスクラップ電炉法とも呼ばれる。使用する電力を低炭素化すれば、CO2排出を抑制しつつ鉄の生産が可能である。この点に着目した分析も多くなされているが、世界全体で得られるスクラップの量が限られているという課題がある(Oda, et. al., 2013)。同時に、スクラップの質によって、得られる鉄鋼製品の品質や製造コストが規定される課題もある。
世界の鉄鋼需要をカバーし、鉄鋼業の低炭素化を進めるためには一次生産の低炭素化が欠かせない。鉄鉱石の還元は、これまで主に炭素を用いて行われてきた。世界の鉄鋼生産の主軸である高炉転炉法では、石炭を蒸し焼きにして製造したコークスを還元材として用いる。一次生産の低炭素化を抜本的に進めるには、利用する炭素を再利用する、CO2を回収し地中貯留する、バイオマスを利用する、水素を利用する、といった方向性がある。これらは何れも大きな追加費用を必要とする。初期投資も必要であり、かつ操業費用も上昇する。
低炭素化を明示的に掲げた制度・政策として、2005年から欧州にてEU ETS(欧州連合排出量取引)が実施されている。これまで、鉄鋼業に対し無償排出枠割り当てがなされてきた。これを段階的に有償割り当てとすることが表明されている。2023年現在、2025年まで100%の無償割り当てを行うが、2034年には全量を有償割り当てとすることが示されている(なお、これまでも無償排出枠割り当て縮小が提示されてきたが、それが先送りされ今日に至っている)。
日本において自主的取り組みという位置づけで、毎年度、業界ごとにフォローアップ委員会が開催されている。1997年に環境自主行動計画を開始した。2013年に低炭素社会実行計画に移行した。さらに、2021年にカーボンニュートラル行動計画に移行した。
日本やアジア圏において、高額な炭素税、広域の排出量取引といった明示的な炭素価格措置は導入されていない。ただし、日本やアジア圏の鉄鋼企業の中にはカーボンニュートラルを表明している企業もある。
足元の動きとして、日本の高炉3社は、それぞれ次のグリーンスチールを販売している。
このような中、2023年10月26日、一般社団法人日本鉄鋼連盟は「マスバランス方式を適用したグリーンスチールに関するガイドライン Version 2.0」を発表した。その中に、CO2排出削減プロジェクトの要件が記載されている。削減プロジェクトとするためには、次の3条件を満たす必要がある。
この内、追加性は、グリーンスチールの販売を通して得られる収益によって初めて削減プロジェクトの実施が経済合理的になることを意味している。
鉄鋼製品はいわゆる貿易財であり、国際的な価格競争にさらされてきた歴史がある。同時に鉄鋼業の主軸は依然として鉄鉱石由来の一次生産であり、エネルギー集約的、炭素集約的である。一次生産に伴い発生するCO2排出量を削減するには追加的な費用負担が避けられず、鉄鋼製品の価格上昇を招くことになる。
グリーンスチールは、このような特質を有する鉄鋼業において、鉄鋼需要家が追加的な費用負担を行うことで、CO2排出削減コストを賄うビジネスモデルである。つまり、国際競争化において鉄鋼業の低炭素化を持続的かつ経済合理的に進める手段が極めて限られている中、グリーンスチールは貴重、かつ有力な方策の一つである。
グリーンスチールの課題にも触れいたい。一つ目の課題は、追加性の検証・認定である。鉄鋼生産にまつわるエネルギーフロー、マテリアルフローは多種多様かつ複雑である。例えば、製鉄所内外との副生ガスの授受、所内屑の授受は(製鉄所をバウンダリーとした)CO2排出量への影響が大きいため注意が必要である。認定基準を緩くしすぎると第三者認証の信頼性を損なう危険性がある一方、厳格すぎると排出削減プロジェクトの選択肢や意欲をそぐことにつながる。
二つ目の課題は、グリーンスチールの量的ポテンシャルが限定されることである。排出削減プロジェクトによって得られたCO2削減量を一部の鉄鋼製品に割り当てる構造のため、量的上限の存在を避けることはできない。これは課題というより留意点と見なした方が良いであろう。追加費用負担をいとわない鉄鋼需要家が増えれば、この上限は緩和される。
三つ目の課題は、リスク分担である。排出削減プロジェクトを実施する鉄鋼企業は投資リスクにさらされる。この投資リスクという観点から見れば、鉄鋼需要家がグリーンスチールを長期的かつ安定的に購入する方が望ましい。鉄鋼需要家の追加費用負担についての予見性が高まれば、鉄鋼企業にとって投資リスクは排出削減プロジェクト実施の妨げにならないことが期待できる。
国際競争化において鉄鋼業の低炭素化を持続的かつ経済合理的に進める手段は極めて限られている。グリーンスチールにはいくつか課題があるものの、グリーンスチールは鉄鋼業の低炭素化を進める上で貴重、かつ有力な方策の一つである。鉄鋼企業、第三者認証機関、鉄鋼需要家の何れにとってもwin-winとなる可能性を秘めている。